アイスホッケー・コーチ 若林弘紀さん

「夢」ではなく、「目標」として

世界レベルのコーチを目指す

 


ケベック州ハリントン在住のアイスホッケー・コーチ、若林弘紀さんにお話をうかがいました。

 

●フランソワ・アレール氏との出会い

 

- アイスホッケーを始めたのはいつですか?

 

小学校5年生の終わりに、アイスホッケーを見て、おもしろそうだなあと思って始めました。単純に何か滑るものがやりたかったんですね。何でもよかったんですが、スケートだったら親父がやっていて、教えてあげられるとも言われたので。

 

- お父様は大阪国体チームの指導を長年手がけていらっしゃる若林三記夫さんですが、やはり影響は強く受けられましたか?

 

親父はもともと大学の先生だったので、理詰めでホッケーを考える部分ではすごく影響を受けていますね。

 

- アイスホッケーで海外に出たのはいつ頃ですか?

 

大学在学中に、親父が海外でアイスホッケーのコーチングを学んでみようと思ったらしく、カナダで2年おきに開催されているコーチ・クリニックに行ったんですよ。で、次はお前も行ってみろ、と。正直、その時はどうでもいいなと思っていたんですけど(笑)、大体、そんなものになんで俺が?と思ったんだけど(笑)、一応経験だと思って行ったんです。でも、それはそこまでなんですよ。

 

- あまり興味がなかった?

 

ええ。でも、その後、長野オリンッピック用に強化するプロジェクトがあって、ゴールキーパー・コーチで有名なカナダのフランソワ・アレール氏を呼ぶことが決まった。で、通訳が必要だという話になって、当時、日本アイスホッケー連盟で理事をやっていた親父が、じゃあ私の息子を推薦します、と勝手にやられて(笑)、なんでそんなことしなきゃいけないんだよ!って、すごく嫌で(笑)。でもまあ、何でも経験だと思ってやってみたら、こんな凄いかっこいい世界があるんだ!と。だから、海外に出たのは、コーチ・クリニックが最初ですが、インパクトとしては、アレール氏に通訳をした時の方が大きかったですね。

 

- アレール氏に通訳に行った時点で、英語は話せたのですか?

 

小学校の頃から英会話スクールに行っていましたが、今考えてみたら物凄く怪しいですね。でも、アイスホッケーのことだからできた、っていうのはあると思うんですよ。

 

- その後、コーチとして海外に出て、何が一番衝撃でしたか?

 

最初、割とレベルが高いカナダのミジェットAAAのチームにゴールキーパー・コーチで入ったんですけど、ゴールキーパーのお父さんは元NHL選手で、まったく言うことを聞かない。というか、話すら聞かない。何しに来たの?って感じで。

 

- 厳しいですね。

 

でも、それは当たり前じゃないですか。カナダから日本へ相撲を教えに来たようなもんですから。でも、もう1人キーパーがいて、彼の方が早くうまくなったんですね。それを見た元NHLのお父さんが、鼻の高い息子に、「お前、(コーチの言うことを)聞いてないから上手くならないんだよ!」と言ったらしくて、それ以来彼もまじめになって、シーズン終わる頃には2人とも良いキーパーになりましたよ。

 

- 選手たちから威圧感など感じたりしますか?

 

自分の教えることに自信があったら、あんまり関係ないんじゃないかと思うんですよ。それはたとえ相手がプロ選手であっても同じです。実際、去年(2005年)もアジアリーグのプロで教えていましたが、皆、俺よりアイスホッケーは当然上手いし、上手いからプロでやっているわけで、自信もある。でも、それが怖いんだったら最初からコーチなんてやらなきゃいい。

 

- 確かにそうですね。

 

まず、「日本ってアイスホッケーやってんの?」って聞かれるくらいですから。日本からコーチが来てるって言っているのに。だから、もうなめなめなんですよ(笑)。でも、逆に認められたら、いろいろなところから教えに来て欲しいっていう話も来るわけですから。

 

●知らない人でもいきなり会いに行く

 

- 現在、ケベック州のハリントン・カレッジで教えていらっしゃいますが、どういう経緯で?

 

たまたまハリントン・カレッジに日本人の生徒さんを紹介したんですよ。その流れで、「俺、そこで仕事したいんだけど」って話をしたら、夏に日本でキャンプをやるから、それに手伝いに来てくれたら、結果を見て雇うかもってことを言われて、キャンプに行き、採用が決まったんです。

 

- その生徒さんとはもともとお知り合いだった?

 

その生徒はもともとチェコでアイスホッケーをやっているんですよ。以前、チェコに遊びに行く機会があって、その時に教えたことがあったんです。

 

- たまたまチェコに遊びに行くというのも珍しいですね。

 

チェコで日本人選手がプレーしているっていうのを知っていたので、冬に暇な時期があった時に、じゃあ、ちょっと行きます、という感じで。あと、スウェーデンで知り合いがプレーしていたので、スウェーデンへも行きました。大体そうやって知らない人でもいきなり会いに行くんですよ。初めてカナダに来た時も、ヘッドコーチだったジムとはメールのやりとりだけで面識はまったくありませんでした。周りからは、「だまされている、絶対!」とか言われたんですけど、行ってみないと分からないと思って行動してきました。

 

- 人と会うためにどんどん動く。

 

ええ。とにかく、この世界ではコネが非常に大事ですから。何を知っているかより、誰を知っているかの方が大切なんです。実力主義っていうけど、そんなものは証明する場を与えられてからの話なんで。

 

- コーチをしていて、自分の言いたいことがうまく伝わらなかった経験はありますか?

 

W:日本語より、英語の方が絶対的にできないんで、日本で言えていることが言えていないというような、もどかしい時は結構ありますね。イメージトレーニングをしょっ中やっているんですけど、咄嗟に出てこなかったり。

 

- 英語のスキルアップのために日頃どんな努力をされていますか?

 

基本的に人が何を言っているのか聞いて、そこから盗むのが一番簡単で良い方法だと思うんですよ。まともな会話は本に書いてあるけど、けなすことも必要なわけじゃないですか、コーチングする意味では。人が言っているのを聞いて、ああ、こう言って、ボロクソに言えばいいんだ、とか。

 

- ボロクソに?(笑)

 

いや、大事なことですよ、これ。怒るっていうのが一番難しいんですよ。伝わらなかったら、単なるキレてるおっちゃんですから。だから、ちゃんと何が言いたくて怒っているのか言えないと。今一番成長しないといけないのは、自分ではそこだと思うんですよね。

 

●集中すべき時を間違うな!

 

- 今まで、コーチをやってきて、印象に残っている言葉や出来事があったら教えてください。

 

ものすごくいっぱいありますよ。まず、カナダで国民栄誉賞をとったコーチのデイブ・キング氏が、雑誌のインタビューで語っていた言葉なのですが、「プレーヤーに“100%の力を出せ”と言う以上は、自分もそれに匹敵するか、またはそれ以上の努力をしなきゃいけない。そうしないと、誰もあなたにはついてきてくれません」。

 

- シンプルですけど、深いですね。

 

あと、大学4年生の頃、スウェーデン人の若くして名コーチだったビヨン・キンディング氏(後に長野オリンピックで日本代表を指揮)に無理矢理お願いして、卒論のための資料を頂いたりしていたんですね。ちょうど俺自身もコーチを始めた頃で、彼に「コーチをするうえで大事なことは何か教えてください」って聞いたんです。そしたら、「まず、正直でありなさい。そして、本を読みなさい。次に、人の話を聞きなさい。それから、自分がどう思っているのか、自分の心に耳を傾けなさい。その上で、自分の信念に沿って決断をしなさい。最後に、一番難しいけれど大事なことは、24時間365日コーチをやり続けてはいけません」。良いこと言うな、と思いましたね。

 

- 重みのある言葉ですね。

 

あと、2005年に日光アイスバックスが史上初めてプレーオフに出ることができたんですけど、プレーオフだから皆、気がはやっているじゃないですか。俺は、NHLで優勝経験もあるアメリカ人選手のショーン・ボディーンと一緒にホテルに泊まっていたんですが、朝からせかせかして、「早く行こうぜ」ってショーンに言ったら、「お前、11時半に試合に勝てると思ってんのか」って言われたんですよ。「試合は2時だよ」って。こいつは良いことを言うなと思いましたね。その辺が日本人に欠けている部分かなって思うんですよ。「集中すべき時を間違うな」っていうことなんですよね。

 

- なるほど。

 

ショーンは、「なんで日本人は練習であんなに頑張るのに試合で頑張れないんだ。普通逆だろう」って言うんですよ。一定のレベルを保ちつつも、強弱をつけることはすごい大事なんだな、って思った。

 

- 今後もコーチとして海外にどんどん出て行きたいですか?

 

日本のアイスホッケーはビジネスとして成立していない。実際、日本に帰ってもコーチで食える見込みはほぼないんです。だから、海外で出来る限りやりたいと考えています。もう一つ、日本にいると海外で教えていたことが変なハクになる。それでいい気になるというのも非常に良くない。俺、だんだんそうなってきたから、今回、無理してでもカナダに来ようと思ったんですよ。

 

- そうでしたか。でも、海外で仕事を見つけるのは大変なことですよね。

 

毎年、仕事がない時期は一番きついです。次を探す時はいつも、いろいろなチームにメールを1000通くらいドワーッと送るんですが、まともな返事が帰ってくるのは大体5通くらいです。そこを丁寧に交渉していくんですが、ビザの問題で難航することが多いんですよ。春先、氷にも乗れないし、俺、これからどうなるんだろうって、鬱になりますよ、はっきり言って。

 

- どうやってそういう時期を乗り越えるんでしょう。

 

がんばって、いろんな準備をして、頭を使って動く以外に乗り越える方法はないです。思うんですけど、選択肢は限られている。辞めるか、続けるか。続けてたら何かあるかもしれないけど、辞めたら終わり。辞めないんであれば、自分を信じて動くしかない。

 

- 厳しい情況下でコーチ業を続けていくうえで、支えになっているものは何ですか?

 

W:チームや選手が上手くなったり、強くなったり、1勝もできなかったところが勝ったりとか、そういうのがあるとうれしいですね。コーチは自分で点を取ることはできないし、実際、活躍していくのはプレーヤーだから、結構難しいバランスがあると思うんですよ。全部「俺のおかげだ」って思うのは、すごい間違っていると思うし、かといって、すべてプレーヤーがやったんだったら、自分は何もしていないことになる。口では「いい選手に恵まれた」とか言いつつ、心でにんまりするくらいの気持ちでいようと思っています。

 

- ホッケーはどういう存在でしょう。


正直、アイスホッケーだけの人間にはなりたくないと思って、いろいろなことを勉強したり趣味を持ったりしてきましたが、今になってみれば、自分の世界を広げてくれたのはそのアイスホッケーでした。国内外各地で教え子に会ったり、昔一緒にコーチした人と飲んだり、ロシア、中国、カナダ等いろいろな国の文化に触れたり、結局全部真剣にホッケーに取り組んだことでつながった人間関係です。アイスホッケーは自分の人生と世界を広げる素晴らしい窓です。

 

- 次のステップは?

 

常に、次はもっと上のレベルでコーチをしよう、と考えています。ゆくゆくは北米やヨーロッパのプロレベルでコーチをしたいですね。

 

- 最後に読者へのメッセージをお願いします。

 

皆、「夢」を持つことが大事だと思っているけど、俺、「夢」を持つことはさほど大事じゃないと思っています。なぜかっていうと、「夢」っていうのは、実現可能かどうか分からないから「夢」と言っている。だから、「夢」は「目標」に変えた方がいいと思うんですよ。その目標に到達するための段取りとか計画を立てて、自分で考えたり、探し当てたりっていうのがあって欲しい。そして、それを実行することがなければ、どこへも辿り着けないと思う。もし、普通の人がやらないようなことをしようとしている人がいたら、それを「夢」として持っているだけじゃなく、能書きタレてないで、動けよ!・・・と、自分に言い聞かせています。

 

<プロフィール>

わかばやしひろき。1972年7月16日大阪府生まれ。筑波大学大学院体育研究科修了。体育方法学修士。筑波大学在学中にフランソワアレール氏やデイブキング氏など国際的アイスホッケー・コーチからコーチングを学ぶ。古河電工アイスホッケー部(現・日光アイスバックス)GKコンサルタントを経て、1997年から99年までカナダのオンタリオ州ピーターボローミジェットAAAピーツ、AAピーツで日本人として初めてアイスホッケーを指導。1999年から2000年、アメリカのミネソタ州セントメリー大学女子アイスホッケー部(MIAC, NCAA division III)にて日本人として初めてNCAAホッケーを指導。2001- 03年に筑波大学男子アイスホッケー部を、2004年に慶應義塾大学医学部アイスホッケー部をそれぞれ指導。2005年2月 - 2006年3月、アジアリーグ、日光アイスバックスのテクニカルコーチ。その他、各地でホッケークリニックを開催。アイスホッケーマガジン(ベースボールマガジン社)にてホッケー技術講座を連載。現在、ケベック州ハリントン・カレッジ(アイスホッケー専門学校)にてコーチとして活躍中。

Hockey Lab Japanウェブサイト:http://www.hockeylabjapan.com/

● 若林弘紀さんのブログ:http://blog.livedoor.jp/hockeylabjapan/

●ハリントン・カレッジのウェブサイト:http://www.harringtoncollege.ca/


写真一部提供:若林弘紀

at 12:49, SUMI, Hiroki Wakabayashi

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